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その昔は、ヨーロッパの貴族たちの優雅な娯楽だったチェス。今では世界中の人々に愛されているボードゲームの一つですが、実はこのチェスはモダニストらを始め沢山のアーティストを惹きつけたゲームとしても知られています。コンセプチュアル・アートの父、マルセル・デュシャンがプロ並みのチェスプレーヤーだったことは有名な話ですし、マン・レイやマックス・エルンストもかなりのチェス愛好家だったよう。チェスは60年代のアヴァンギャルド・ムーブメント、フルクサスにも好まれ、オノ・ヨーコをはじめ多くの作家がそれぞれのアイデアを託した独自のチェスを制作しています。 そんなチェスとアートとの緊密な関係に焦点を当てているのが、先週から始まった「The Art of Chess」展。今世紀初頭のロシアのプロパガンダ・チェスからデミアン・ハーストら現代作家による作品まで、全19点が展示されています。さらに、これらのものをただ陳列しただけでは面白みに欠けるとでも感じたのでしょうか、この展覧会では歴史上に残るチェス愛好家の一人、ナポレオンの力を拝借し、彼がセント・ヘレナ島で挑んだ最後のプレイを一手一手辿る形で展開されています。 それぞれのピースからは、各作品が作られた時代背景や作家の芸術理念などが伺えかなり興味深いところ。例えば、ロシア革命の数年後に作られたダンコ姉妹(ロシア)のプロパガンダ・チェスは、俗に「赤と白」と呼ばれ、共産主義と資本主義の対立を示すデザインになっています。白の駒は打倒された資本主義を表し、キングは王権を象徴する笏(しゃく)の代わりに骨を抱える死として、ポーンは鎖で縛られた囚われの身として表されています。一方、白に対立する赤の駒は共産主義を象徴し、キングとクイーンには労働者が、ポーンにはトウモロコシを抱える農民が選ばれています。 |
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マルセル・デュシャンのチェスセットは'19年にブエノス・アイレスで制作した机一体型のものと'43年の携帯型の2点が紹介されています。前出のロシアのセットとは対照的にデュシャンの19年のピースでは、モダニズムの到来を感じさせる幾何学的ラインが幅を利かせています。携帯用のセットは既成のポケットチェスを用いたレディーメードで、彼が手を加えたところといえばセルロイド製の駒を皮のボードにピンで留めれるようにした程度ということ。(後に駒の裏に金属板をはり、磁気ボード上でプレイできるよう改造したらしい) |
Marcel
Duchamp, |
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そして今回のハイライトが、デミアン・ハースト、チャプマン兄弟、草間彌生、マウリツィオ・カテラン、ポール・マッカーシーのチェスセットが展示された最後の部屋で、この企画のために制作された個性たっぷりの作品が並んでいます。まず、現在サーチギャラリーで回顧展が開催中のデミアン・ハーストは、駒にはガラスとシルバーできた薬のボトル、ボードには医療用ワゴン、収納ケースは医療用キャビネ、とすべて医療テーマで統一されたチェスを発表。今年のターナー賞候補、チャプマン兄弟の駒は彼らのお得意分野の男根と女穴に顔がのっとられた若者たちで、白人対黒人という人種の対立構図で表されています。ドットをトレードマークとする草間彌生のチェスはもちろん今回も水玉模様で、白地に赤、黄色地に黒という激しい色の組合せをみせています。駒、ケースともに形はパンプキンで表されメルヘンチックな雰囲気が全体に漂っています。 64マスのボードと32個の駒。この限られた範囲内に表現のすべてが込められた今回の作品群ですが、その厳しい制約にもかかわらず、展示された作品は思い々いの材質や形象、コンセプトに彩られ、そこに規制があることを不思議と感じさせません。かつてマルセル・デュシャンはチェスについて、厳しく絶対的なルールのなかで起きるとてつもない斬新さにその魅力を感じると語ったと言われています。今回展示されたチェスにも、その言葉に通じるような魅力を感じてしまうのは私だけでしょうか。 |
Jake
and Dinos Chapman, Chess Set, 2003 photo: Sophie Lindsay, 写真提供:Gilbert Collection |
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伊東豊子(Toyoko Ito)、2003年7月 The Art of Chess
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