'96年に42歳の若さで他界したヘレン・チャドウィックは、90年代ブリットアートの先駆者的存在として高く評価されているアーティストのひとりだ。

幅広いアプローチで知られる彼女の作品は、パフォーマンスから写真、立体、インスタレーションと多岐にわたる。素材もバラエティー豊かで、自分の肉体、動植物類、臓器や体液などの体に関わるもの、牡蠣やチョコレートなどの食べ物と様々なものが用いられている。

「美大に入った最初の頃から、体を使って鑑賞者と相互関係を持ちたかった」と自ら語っている通り、彼女が追求し続けたのは体と、性やエイズ、中絶など体を取り巻く諸問題。美術家としての第一歩は70年代中盤、ブライトン・ポリテクニック在学中。最初の作品は女性の体にゴム素材を塗って作った服だったという。これを着て学内でパフォーマンスを行った。

80年代に入ると、パフォーマンスに写真や立体の要素が加わるようになる。この変化は、ピアノやベッドなどの形をした立体にセルフポートレートを施した「Ego Geometria Sum, 1983」に顕著に現われている。立体と写真との組み合わせは、自分のヌードをコピー機で撮ってそれをコラージュした大型インスタレーション「The Oval Court, 1984 -86」にも登場。斬新な発想が評価され翌'87年には女性で初めてのターナー賞にノミネートされるが、その一方で大胆な肉体表現がフェミニズム系の評論家の攻撃の的になる。これを機に彼女は自ら
 

の肉体使うのを止め、動物の肉や臓器、自分の体の細胞写真などを代用して体をシンボリックに表現するようになる。作品は人間と動物、男と女、心と体、美と醜などの相反する価値間で揺れ動くような複雑さを深めてゆく。

チャドウィックのキャリアは、ドイツ、スペインへと巡回した94年のサーペンタイン・ギャラリーでの個展で頂点を迎える。チョコレートを使ったインスタレーション「Cacao, 1994」、雪に排尿してできた穴を型にとって制作した彫刻「Piss Flowers, 1991-2」など、当時にしては斬新な作品を発表し話題を巻き起こした。

彼女の遺作は、キングス・カレッジ・ホスピタルでレジデンシーをしていた時に撮った写真シリーズ「Unnatural Selection」。この作品では、使用されなかった試験管ベイビー用の初期胚が被写体として用いられた。生命の始まりと肉体との関係、中絶を巡る問題など、彼女の関心は最後まで体を離れなかったようだ。

短命に終わってしまった彼女のキャリアは20年と短かったかもしれないが、彼女が切り開いた表現世界は今日も
作家達の間で息づいている。過激の極致を目指すデミアン・ハーストやチャップマン兄弟にみられる「Transgressive Art」。植物や食べ物を用い生命の儚さを表現するアーニャ・ガラチョ。性の対象物としての女性をシニカルに指さすサラ・ルーカスなど、彼女の功績はいまも至るところに見られる。(伊東豊子)

 



fogless.net
e-mail: editor@fogless.net
This site has been designed and managed by Toyoko Ito (Toko) copy; 2000-2010 All Rights Reserved
このサイトは伊東豊子(トコ)によってデザイン及び管理・運営されています。本
サイト内で用いられているコンテンツ(文章・画像など)を無断で複製・転載・転用することはできません。