

今月10日から5日間ほどマンハッタンに滞在し、アーモリー・ショーやDIVA(Digital and Video Art Fair)などのアートフェア、PS1MoMAのオープニングをはじめNYのアートシーンの動脈に触れてきた。連日のイベント続きで去年のロンドンの10月を思わせる充実振りで、何からレポートしようか迷ってしまうが、まずはフォグレスに相応しく今回目に付いたブリティッシュ勢に焦点を当ててみたい。
正確に言うと、ヤング・ブリティッシュ・アーティスト(YBA)となる。もっと正しく言うならば、彼らをスターにしたホワイト・キューブの息の吹きかかった作家達で、一流ギャラリーが林立する22丁目から24丁目にかけてここの作家が3名、セイディー・コールズHQ所属のサラ・ルーカスも含めると4名の作品が、ゴージャスなギャラリーに彩を添える高級ブランド商品のようにコレクターを待ち構えていた。
まずは、先月ロンドンのブリタニア・ストリートで新作を発表したばかりのデミアン・ハースト。今回もギャラリーは同じくガゴーシアン(チェルシー店)だが、展示品すべてが絵画という異例なショー。ハーストはこれまでにも絵画と呼べるような平面作品を手掛けているが、今回のものは正統派中の正統派。遠めにはフォトリアリズム、近づけば絵具の存在感が感じられる「絵画」。エアブラシで仕上げたドット・ペインティングでもなければ、ハエや蝶を貼り付けたコラージュでもない。こんな絵を描く(描ける)作家だとは思っていなかったし、自作のパロディーが多かったことから、ハーストのアプロプリエーション作品を集めたコンセプチュアルな企画かと勘ぐってしまったが、正真正銘すべてハーストの作品。

Gary
Hume @ Matthew Marks Gallery, Chelsea, New York
Photo:
Toyoko Ito 2005©
その数件先のマシュー・マークス・ギャラリーでは、30代半ばにして早くもロイヤル・アカデミシャンになったギャリー・ヒュームの個展が開かれていた。家庭用グロスペイントで塗られた彼定番の絵画のほか、高尚に言えばアブストラクト、庶民的に言えば雪だるまのようなスカルプチャーを展示。新たな展開として、アルミの冷んやりとしたテクスチャーが剥き出しになった絵画が目に付いたが、それ以外とくに大きな変化はなし。おそらくヒュームの信奉者くらいしか気づかなかったのではないだろうか。
そのさらに先のバーバラ・グラッドストーン・ギャラリーでは、単純明快なシンボリズムを得意とするサラ・ルーカスのショー。ルーカスと言えばちょうど去年の今頃、ゴールドスミス・カレッジ同期のデミアン・ハーストとアンガス・フェアハーストと一緒にテート・ブリテンで三人展をやったのが記憶に新しいが、今度のショーで大きく方向転換したハーストと違って、ルーカスの方は今回もストッキングと電球を使って人を表すという使い古しギャグを連発。しかし配色がポップからミニマルに変わったせいだろうか、今回の展示からは彼女のガキ大将っぽい馬力が消えフェミニンな感じが。なんかサラらしくなかったような。

Sarah
Lucas @ Barbara Gladstone Gallery, Chelsea, Yew York
Photo:
Toyoko Ito 2005©
最後はサラ・モリスで、場所は22丁目にあるフリードリッヒ・ぺッツェル・ギャラリー。ブラッド・ピッドや二コール・キッドマンなどハリウッドの錚々たるメンバーが登場する、アカデミー賞の受賞式を収録した映像作品を発表していた。セレブ界に臆面もなく媚を売る高級志向なこの映像、実は去年ホワイト・キューブ二階の小展示室で上映されたものと全く同じものだが、スクリーンのサイズが2〜3倍大きくなったせいか見ごたえが抜群にアップ。品のいいコレクターらしき人が目立つチェルシーで見る方が、むさ苦しいクリエイター風情の輩が集まるホックストンで見るよりしっくりとくるように感じた。(映像で撮影が難しかったため写真はなし)
アメリカの最新アートを物色しに行ったニューヨーク。そのアートビジネスの心臓部で英国勢がこれだけ大きく取り上げられていようとは少々意外だった。アーモリー・ショーを目当てにコレクターが国内外から集まるこの時期にこれだけ起用してもらえたのだから大したものだ。この日普通の人に紛れギャラリーめぐりをしていたホワイト・キューブのオーナーもさぞ鼻が高かったのではないでしょうか。
伊東豊子(Toyoko
Ito )、2005年3月22日
Useful
links:
Gagosian Gallery →
Matthew
Marks Gallery →
Barbara
Cladstone Gallery →
Friedrich
Petzel Gallery →