コンテクストをいわゆる「美術館」以外の場所へ移した理由について、キュレーターらはベルリンという街のエネルギーは美術館やギャラリーを越えた場所、つまり、ノンプロフィットのスペースや個人のアパートや作家のスタジオにあると語っている。確かにそれを裏付けるように、展覧会情報が載っている「INDEX」というフリーペーパーを見ると(マップ付きで非常に便利)、仮設のプロジェクトスペースや臨時イベントの会場が数にして商業ギャラリーの半数近くもある。 よって今回の展示は、いまのベルリンのアートシーンを反映した展示ということになるようだが、そこになんとなくアイロニーが感じられなくもない。アーティストが秩序もルールもなく空き家を占拠して表現に明け暮れた90年代前半。時代が変わり、世界有数の美術市場として確立した今日、美術展会場として用意された同じ場所に舞戻るアーティスト。ベルリンの空気を吸いながらもホックストンを感じてしまったのには、「代官山」という共通イメージの裏にこのアイロニーを感じたからかもしれない。とは言え、大理石の神殿から出ることのないテートのトリエンナーレに比べれば遥かに今を感じたが(皮肉なことに歴史的なテーマを扱いながらも)、ロンドンのアートの最前線が年々東へ南へと移っていっているように、ベルリンのアートの最前線もどこか違うところにあったのではないだろうか?実際、今回何人かの人からクロイツベルグというミッテの南にある地域がロンドンのイーストエンドに相当するというようなことを聞いた。残念ながら今回そこそまでは足をのばせなかったが、次回のお楽しみとしてとっておこう。 |