文&写真: 伊東豊子(Toyoko Ito)
展覧会の会期中、ギャラリーの中をランナーが全速力で疾走するという一風変わった展示が、テムズ河沿いミルバンクのテート・ブリテンで始まった。
短パンにジョギングシューズ姿の男女が30秒毎に代わる代わる、長さ86メートルの大ホールを全速力で駆け抜ける。その瞬間、タ、タ、タ…というリズミカルな足音が、荒い呼吸と衣擦れの音とともに大理石のホールに響き渡る。
《作品850》と題されたこの作品は、森美術館で現在開催中の「英国美術の現在史:ターナー賞の歩み」展でも御馴染み、《作品227:電気が点いたり消えたり》で2001年に同賞を受賞したマーティン・クリードの新作になる。
《電気…》をはじめクリードの作品全般に通じるのが、愚行に限りなく近い「シンプル・イズ・ベスト」な表現になるが、その哲学はここにも健在。作品の構成要素は走者のみと簡潔で、展示室を妨げる物は、彼らの姿を見つめる鑑賞者を除いて他には何もない。
本作品でクリードが拘ったのが「からだ」。ゲロを吐くパフォーマンス映像などを通じ、クリードはここ数年その独自の身体表現に磨きをかけてきた。本作はその延長線上にあり、体力の限界に挑戦する肉体を通じ、人間のからだそのものの美しさと、その生命力の強さを見せつけようとしている。
「走るのが好きなんです。人が走るのを見るのも、自分が走るのも…。走るのは静止の反対。完璧な静止状態がもし死だとするならば、動きは生の証であり、最も速い動きは最も大きな生の証だと思います」。
本作のきっかけとなったのが、イタリアでのカタコンベ見学。閉館5分前に博物館に到着し、展示を走って見なければいけなかった体験がこれにつながったと言う。
走者はジョギング雑誌やスポーツクラブに出した公告を見て集まった50人。4人で構成された1チームが、4時間シフト制で30分走っては30分休憩。ひとりの走者が30分間に走る回数は約15回。一回の走行にかかる時間は平均12秒から15秒。同じ秒数だけ間をおいて次の走者がスタートするという仕組みになっている。
「実はまだ人を探しているんです。怪我をしたり、疲れたりするので、毎日8時間ぶっ通しでやるには、たくさんの人が必要になります」。ランナーには時給約10ポンドが払われているという。
本作品は「完璧に演出されたライブパフォーマンス」として、7月1日から4ヶ月間、毎日8時間途切れなしに「上演」される。
Work No. 850 by Martin Creed
080707 - 081116
Tate Britain
過去の記事へのリンク:
ターナー賞2001年受賞
ターナー賞2001年ノミネート
カムデン・アーツ・センター2001年展示